Director’s NOTE:撮影回顧録(Vol.8〜9 )

監督コラム / 撮影回顧録 Vol.8〜9

「Vol.8」

色々と話が脱線してしまっていたが、ともあれ撮影の最初の二日間は、
石川と二人で対話しながら画面を練り上げていく作業が続いた。

初日は主人公が出かけるまでのシーンを家で撮影。
撮影場所は当時私が暮していた家だ。
テストでも試した事を色々と組み合わせて形にしていった。

例えば、この映画では、主人公はゆっくり、ゆっくりと動く。
それはこの映画を考え始めた最初の頃から決まっていた事だが、
テストで形にして手応えを感じた部分だ。

「何故そうするのか」と言われると全く困ってしまうが、
一つ挙げるとすれば「時間の流れを突き崩すため」という事が目的であった。
時間的なリアリティーも私にとっては疑うべき対象だった。
そもそも数字としての時間というものが胡散臭い。
人間が作った数字ではないか。(自然との関わりも当然あるにせよ)
そういった、当たり前のものや常識を揺るがす事。
少し現実味の無いものを、構成要素として受け入れていく事。
この映画ではそんな事を色々なところで考え、実践している。

そしてそのゆっくりとした動きは、フレームに大きな影響を与えた。
動きの時間は、フレームに切り取られた空間の感覚も微妙に異質なものに変換したのだ。
これは私にとっては初めての経験だったが、イメージ通りでもあった。
何かぼんやり考えていた事が目の前で形になった。ただそれだけとも言えるし、しかしそれだけではないのだが…

そして彼女は、囁くように話す。
これも私の中で強い思いがあったイメージだ。
どういう効果がもたらされているかは是非耳で確認していただきたいが、とにかく石川の声はこの手法に素晴らしくマッチしてい
た。
サウンドトラックの評価にも大きく貢献していると思う。
とは言え、このやり方はすぐに問題を引き起こすのだが…

ともあれこうして行われた撮影は、抽象化されつつも独自のリアリティーを残す人間と空間を生み出す事に成功し、私たちにこの映画の価値を信じさせるには十分なものだった。

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